講義

歴史編

(3)忍者の守護神

講師 西本良治郎

映画の中で忍者が「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」と呪文を唱え、手のひらを組み合わせて印を切る動作を見たことがありますか?
これは精神を統一して集中力を高めるとか、敵から襲われないようにするとかを願う九字護身法という手法なのですが、そうなるとこの忍者は修験道、密教系ということになると思います。

古い話ですが、漫画の中の猿飛佐助は片方の指を片方で握るという印を結んで、ドロンときえます。
これは、密教の根源である大日如来の結ぶ、智拳印によく似ています。
現実の忍者がすべて、こうした密教や修験道の行である所作をしていたかどうかは定かではありませんが、物語の上ではいかにもという気持ちにさせてくれます。

修験道は伝教大師最澄(天台)や弘法大師空海(真言)が中国から持ち帰り、日本で完成させた密教を取り入れて以来、急速に発展するのですが、この中に古代インドの神々が密教に取り入れられて仏法の護法神となり、その中でも特に呪力の強い神々が修験道に移り、修験者の守護神となっています。

戦いに明け暮れた戦国の武将もそうした神々を守護神としていくのですが、例えば上杉謙信の毘沙門天信仰は「毘」の一文字旗と共にあまりにも有名です。

ですから、同じように戦いの場に身を置く忍者集団や忍者が出身の由来や個人の特技に応じて、さまざまな神々を守護神として奉じても、不思議ではありません。

ここではそうした神々のうち、代表的な神を取り上げてみます。

■蔵王権現
修験道の祖、役小角が自ら祈請し、現れた修験道の主尊。
仏教伝来ではなく、日本独自の神である。
顔は青黒く、三眼。忿怒形。強大な験力を備えている。

■不動明王
仏教界最強の武神。
古代インドのシヴァ神が原型といわれ、密教では大日如来の忿怒形とされる。
諸々の魔手から修行者を護り、魔を降伏させる強力な験力を持つ。

■三宝荒神
日本古来の神に古代インドの夜叉神の形というような日本独自の神。忿怒形。
火の神、かまどの神、不浄をきよめ、災難を除去する神として祀られる。

■摩利支天
修験道界屈指の呪力を持つ神。
もともとは古代インドの太陽神の一族。陽炎の化身。
隠身、護身、遠行、得財の功徳があるとされる。

密教的視点から見ると、この中で特に摩利支天が忍者の守護神となります。
古代インドの神話では、常に日の前にあり、味方からも敵からもその姿を見ることができない。日が阿修羅と戦ったとき、それを助けた。と伝えられています。
つまり、姿がみえず、速いスピードで移動するので、誰からも傷つけられることないとういう神通力をもっているのです。
この神は特に修験道で重要視され、怨敵調伏の主尊として奉じられました。
また日本で作られた独自の「摩利支天隠形法」という呪法があり、修験者がこれを行ずれば、姿が消えてしまうといわれています。
摩利支天の印契は隠形印という左手を右手で覆うような形です。

以上、実際の忍者が呪文を唱えて消えてしまうこともありませんし、祈祷によって敵を殺すこともありませんが、忍者のもつ異能の力が、修験道の山伏や行者の姿とオーバーラップして誇張され、一般大衆に受け入れられたと考えるべきでしょう。
しかし、当時は現代と違って、こうした呪法や行が最新の科学として捉えられ、本当に力を持っていると信じられていたことを忘れてはいけません。